2007年06月03日

[読む]埴谷雄高全集の話の続き

前回の記事[読む]埴谷雄高全集1"安部公房のこと"を書いた後すぐにhirokd267さんから示唆に富むコメントを頂いたので、埴谷雄高全集を読み直してみると、『終りし道の標べに』(原題:『粘土塀』)に関する興味深い話がさらに出てきたので、続きを書いてみる。

阿部六郎経由で送られてきた『終りし道の標べに』(原題:『粘土塀』)に感心した埴谷だったが、「近代文学」では平野謙に落とされると思い、思索社に持ち込んだが、「個性」に掲載するためには片山修三と論争しなければならなかったとのことだ。

"二つの同時代史・・ ・・ ・・大岡昇平◎埴谷雄高"(埴谷雄高全集16, P199-200)によると
埴谷 ぼくはその作品を読んで感心したんだが、「近代文学」にはわれわれ在京同人が新人の場合必ず回し読みするというシステムがあった。そして、回し読みしたら平野で落ちると思った。平野は存在感覚といったものを、おれの『不合理・・・・・・』(*1)の場合と同じように、受けいれない。そこでぼくは「近代文学」でなくて「個性」へ持っていった。


埴谷 とにかく『終りし道の標べに』は、哲学的でだめだって彼は言うんだよ。何言ってるんだ、これは哲学を文学として書いているんだ。新しい文学を「個性」は出すはずじゃないかと、おれは片山と二時間ぐらい論争した。そしてようやく、それじゃ埴谷さん、出しましょうということになって、『終りし道の標べに』がやっと出た。


また、"阿部さんの想い出ー附、安部公房のこと"(埴谷雄高全集11所収)によると
 ところで、前記の安部公房の作品は、北海道の実家に行つている安部公房が知らぬあいだに、昭和二十二年秋ごろ、阿部さんから私のもとへ送られてきた。はじめ、『粘土塀』と題されていたその作品の一種奥行きのある存在論的感触に感心した私は、青山庄兵衛に渡し、最後にこれは単なる思いつきだといつて受けいれぬ片山修三と、何いつてるんだ、すべてのはじめはひとの気づかぬただの思いつきからはじまるんだ、そこに深化があるかないかこそが問題なんだ、と大議論したあげく、雑誌「個性」に押しこんだが、発表時、『終りし道の標べに』と改題されたその作者の安部公房自身を長いあいだ私は知らなかつた。


ーーーーーーーーーー注ーーーーーーーーーー
*1.埴谷雄高の「不合理ゆえに吾信ず」のこと。
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2007年05月28日

[読む]埴谷雄高全集1"安部公房のこと"

 講談社の埴谷雄高全集 1を手にしてみると、埴谷雄高は、安部公房の初期の作家人生に多大な影響を与えた人だと改めて思わされる。
 同全集1に"安部公房のこと"というエッセイがあり、『終りし道の標べに』(原題:『粘土塀』)を阿部六郎経由で受け取り、雑誌に掲載するまでの奮闘振りが以下のように述べられている。
そのころの「近代文学」の編輯は合議制であつたが、その制度には好い点と同時に欠点があつて、どこか一個所でもひつかかつた作品は、どちらかと云えば、落ちてしまうのである。そして、安部君の『終りし道の標べに』のような問題をはらみながらもなお未完成な作品は、どこかでひつかかる危険性があつた。そのことを考え、さらにまた、私はまだ見知らぬ作者の経済状態を勝手に想像して、この作品を「個性」へもちこんだが、そこでも難産に逢着して、私は青山庄兵衛君を、君のところは新しい文学を支援する編輯方針だといいながらなんたる弱気だ、と幾度もおどかしたり煽動したりしなければならなかつた。

 その後、安部と初めて会ったときの強烈な印象なども述べられている。その他にも、"安部公房『壁』"や"石川淳の顔"など、興味深い文章が多数あるので、皆さんも埴谷雄高全集1を手にされることをお勧めする。
 なお、『終りし道の標べに』は、「第一のノート」に相当する部分が1948年2月号『個性』(思索社)に載り、1948年10月10日に真善美社から刊行されている(安部公房全集1所収)。その後、大幅に改稿されたものが、1965年12月10日に冬樹社から刊行されている(安部公房全集19所収)。
[参考文献]
安部公房全集1 [作品ノート1]

posted by w1allen at 20:54| Comment(3) | TrackBack(1) | 安部公房を読みこむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月17日

[読む]「読者の自殺」だけは止めていただきたい

ある方の話では、安部公房を主要な研究テーマとする大学教員は日本で十人に満たないという。また、国立国会図書館 NDL-OPACで雑誌について「安部公房」というキーワードで、2001年以降を検索してみると52件だった。この結果は、教員に学生と文芸評論家を加えた数字だから、上の方の話もうなずけるものがある。

この結果について、私は何も憂いてはいない。しかし、一つ気になるのは、掲示板「安部公房を語ろう3」などで、自分の意見を添えずに「安部公房のXという作品に出てくるYというものが何を意味するのか教えて下さい。」という類の質問が後を絶たないことだ。何か、一つの決まりきった普遍的な解釈があると思われているのだろうか?批評の方法が多岐に渡り、同じ流派でも解釈が異なる可能性があることは素人の私にでもわかることだ。優れた批評・解釈とは、少ない仮定から出発し、しっかりとした論理の元に、結論を導き出すことであると考える。その結果、相反する回答が複数導き出されることがあっても、一向に構わないと考える。たとえ、作者の安部公房が蘇って、その批評・解釈を否定しようとも。

一方、私を含めた一般の読者が、そのような優れた批評・解釈を導き出すことは困難であることはよくわかっている。しかし、安部公房の作品を読み、あれこれ思いをはせて、迷路をさまようことが一番楽しいこだと思う。あたりさわりのない定食よりも、危うい包丁さばきで自炊して作った料理の方が美味しいことだってあるのだ。だから、皆さんに言っておきたいのは、思考を投げ出すような「読者の自殺」だけは止めていただきたいということだ。迷路をさまようこと自体が、読者の特権なのだから。

「読者の自殺」について考える会会長
公安部房


この記事へのコメント



読むことで、安部公房の作品という世界を生き抜くことは、読者の醍醐味ですね。かけがえのない経験だと思います。

Posted by モナド at 2007年02月16日 23:38



モナドさん、コメントありがとうございます。
読者の醍醐味を大事にしておきたいですね。自分からその醍醐味を放棄するなんて「モッタイナイ」と思い、この記事を書いたんです。

Posted by w1allen at 2007年02月17日 07:47

ラベル:安部公房 読書
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2007年01月27日

安部公房はハーメルンの笛吹き男

 20世紀に入る直前、日本でも夏目漱石を初めとする職業作家たちが誕生し、彼らは読者という存在を意識しない訳にはいかなくなった。読者に迎合する表現を求めるか、それとも読者と対決する表現を求めるか、二つの道を作家は選ばなくてはならなくなった。
 綺麗な文章表現形式を追求するロシアフォルマリズムは、前者に属するだろう。そして、安部公房の小説は恐らく後者に属すると思う。そして、安部公房の小説の真髄を「意味に到達する以前の表現の世界に読者を連れ出し、読者と共にその世界を彷徨う。」ものだと私は推測する。その際、作者はもはや馬鹿丁寧なツアーコンダクターではなくて、ハーメルンの笛吹き男になっているのではなかろうか?そういえば、安部公房の表現にはいつも笛の音に似た詩的な響きがあった。
ラベル:安部公房 文学
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2007年01月22日

「安部公房という新種のシンククライムを根絶せよ」

 これは、敵国オセアニア真理省の極秘文書である。スピークライトで出力した文書であるが、作業後メモリホールに投げ損ねたものをわが国イースタシアのスパイが入手したものである。なお、そのスパイの消息は現在に至るまで不明である。
 入手した文書は、最新版のニュースピークで書かれているため、オールドスピークどころか二、三世代前までのニュースピークに精通していたわが国の翻訳職員ですら、翻訳に一週間という時間をとられてしまった。最新版のニュースピークに関する情報を入手することは、わが国の至急課題と思われる。さて、その問題の文書は以下のものである。
1984年1月22日

愛情省からイングソック党員諸君に告ぐ
「安部公房という新種のシンククライムを根絶せよ」


 旧日本国の移民者たちが、未だに日本語という少数民族言語で書かれた出版物を当省の許可なくプロレたちに販売していることは、極めて憂慮せざるを得ない状態と言わねばならない。中でも、「安部公房」という物書きが書いた出版物を購入したプロレは、出身地・居住区・性別・年齢などに関わらず、一定の割合で存在する。
 周知の通り、当省では定期的に思想犯を一斉矯正し、彼らのシンククライムの誤りを告白させているが、困ったことに各思想犯によって告白内容が全く違うということである。また、思想犯の中にまとまった結びつきはなく、互いに面識がなかった思想犯が多数を占めるという異例の事態に発展している。
 昨年に行った一斉矯正においては、「砂の女」という文書が、日本語版ばかりでなく、イースタシア版、ユーラシア版、オールドスピーク版など多数の言語に翻訳されているという全く恥ずべき事態を目の当たりにしてしまった。
 重度の思想犯になると、漢字(原注:イースタシアで使われている象形文字)の「公安部」という文字を見せただけで、「アベコウボウ」と叫んだという症例が報告されている。その者は、現在に至るまで回復せず、今なお当省処置室にて矯正中である。
 BBを敬愛してやまない君達イングソック党員がこの現状に憤りを感じるのは至極当然のことである。しかし、当省も手をこまねいていたわけではない。当省は、この度「安部公房シンククライム」を新種の高病原性シンククライムと位置付け、以下の対策を講じることを決定した。

 1.各党員は毎日プロレの街に行き、安部公房作品を取り扱っている業者及び読者と接触を試みること。接触に成功した際は、当然のことながら直ちに連行せずダブルシンクを用いて、相手のシンククライムの内容を把握すること。
 2.当該思想犯の居所とそのシンククライムの内容を当省に通報すること。ただし、作品は処分してはならない。ニュースピーク版への翻訳のために、資料として残しておく必要がある。なお、当該思想犯は当省処置室にて完全なる矯正を行う。
 3.通報者数に応じて豊富省から配給されているチョコレートが増量されるので、積極的に通報活動に励むこと。

この成果はヘイトウィークの大会にて報告される予定です。
ありがとうBB。あなたのお陰で、我々は常に勝利を収め続けています。
愛情省公安部
ウィストン・スミス

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2006年11月29日

[読む]『第四間氷期』と『1984年』を結ぶ糸

初出 2006-11-29
改訂 2016-03-01 1点人名に誤記があったので訂正しました

 最近、『第四間氷期』のことを考えるとジョージ=オーウェルの『1984年』が想起され、『1984年』のことを考えると『第四間氷期』のことが想起されるという困った状態に陥っている。もちろん、『第四間氷期』にBBに相当する人物は描かれないし、『1984年』に予言機械に相当する機械は登場しない。しかし、両作品に何かしらの共通性があるのではないかと思えて仕方ないのだ。それは、以下のような物語の糸が見えるからなのかもしれない。
 まず、縦糸は異端審問だ。物語の中盤で、勝見博士もウィンストン=スミスも囚われの身になり、異端審問を受けることになる。その執拗さは特筆に価するものがある。主人公の思想を、ゆっくり丁寧に、しかし容赦なく否定していく。海底開発協会やイングソック党内部の持つ思想を絶対視して、その思想に疑念を抱く主人公を対話の中で徹底的にうちのめしていく。「何のためにこんなことをする」という主人公の叫びや疑念には、切迫したものを感じる。
 そして、横糸は歴史に対する情報操作だ。二次予言値を使って勝見を否定するが、あれはトリックで海底開発協会に都合のいい二次予言値を使ったに過ぎない。勝見が真実を世間に公表する未来は、世界がパニックに陥るという理由で、二次予言値として見なされない。そして、勝見に関する三次予言値もしくは最大値予言には全く触れられないまま、暗殺者によって殺される予定であるらしい。一方、オセアニアでは、正しい歴史をつくるために常に文書は改ざんされていく。ウィンストン=スミスの担当していた仕事がまさしくそれであり、変更指示に忠実に従い、捏造の証拠を残さず、タイムズを書き換えていく。正しい未来と正しい過去と対比していいのかも知れない。しかし、それぞれ、「海底開発協会にとって都合のいい」、「オセアニア政府にとって都合のいい」という修飾語がつくはずだ。
 異端審問と情報操作以外にも、まだ両者をつなぎ合わせる糸屑は残っている。頼木の裏切りとオブライエンの裏切りには似たようなものはないだろうか?風の音楽にあこがれを抱く水棲人と一パイントのビールに興味を持つウィンストン=スミスは、どこか似ていないだろうか?それでも、両者の結び付けを否定する方は、モスクワ2号の予言をもう一度思い出して欲しい。それが以下のようなものであったことを・・・・・・。
「モスクワ2号の予言、お聞きになりましたか?なんでも三十二年以内に、最初の共産主義社会が実現し、一九八四年頃に最後の資本主義社会が没落するだろうっていうんですが、先生、いかがでしょう・・・・・・?」



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2006年06月21日

[語る]鞄というモチーフ

「他者への通路に置かれた障害物
 透明な鞄は、実用的ではない」

鞄のことを考えて、こんなことを思った。
「鞄」には、『笑う月』所収のものと、『棒になった男』の第一景の二種類がある。全く別の作品だが、根底ではつながっている感がある。
荷物を入れて運ぶというのが鞄の機能だが、透明な鞄というのはファッションとしては成立しても、実用性の面からは成立しない。なぜなら、鞄のもうひとつの機能である、秘密保持の機能が欠けているからだ。たいした荷物を入れていなくても、それを見られるのは嫌なものである。まして、無断で鞄の中をあけることが、どれほど非常識であるかは自明のことである。実際、『棒になった男』の第一景では、夫の鞄をあけるのを妻はためらい、結局あけることができなかった。
鞄というのは他者への通路に置かれた障害物なのだろうと思う。その障害物を互いに抱えながら、人間は触れ合うしかないのだろう。
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2006年05月02日

[読む]安部公房と『カラマーゾフの兄弟』




少し前に、『カラマーゾフの兄弟』を取り上げたが、そのことでふと思い出したことがある。実は、私が読んだことのある唯一のロシア文学なのだ。新潮文庫で三冊という厚さ以上に重厚な物語だが、最後まで読みきれたのは、この作品の凄さにほかならない。僧侶として生きることを選択した主人公である三男アリョーシャ、頭脳明晰な故に世界を憂う次男イワン、剛直な長男ドミートリイ、そしてこの三兄弟の父にして、色を好む富豪フョードル。個性の強いカラマーゾフ家の人々たちの愛憎、ロシアの封建体制、キリスト教、無神論、社会主義・・・・・・、とんでもなくスケールの大きな物語である。

当時のロシアの身分制が揺らぎ、新しい公平な秩序を模索する風潮についてアリョーシャが尊敬してやまないゾシマ長老が、以下のように語る場面がある。
公平な秩序を打ちたてようと考えてはいるのだが、キリストを斥けた以上、結局は世界に地の雨を降らせるほかあるまい。なぜなら血は血をよび、抜き放った剣は剣によって滅ぼされるからだ。だから、もしキリストの約束がなかったなら、この地上で最後の二人になるまで人間は互いに殺し合いをつづけるに違いない。それに、この最後の二人にしてもおのれの傲慢さから互いに相手をなだめることができず、最後の一人が相手を殺し、やがては自分も滅びることだろう。おとなしく謙虚な者のために、こんなことはやがて終るだろうというキリストの約束がなかったら、きっとこうなっていたに違いない。


妙に印象に残っている場面だ。恐らく「地上で最後の二人」という言葉が、私の感性を揺さぶらずにはいられないのだろう。ゾシマ長老は、キリストの約束がこの問題を解決すると信じたが、キリスト教徒でないものたちには物足りない解答である。いや、長老は、争うことをやめることができない人類を憂い、その最後の砦として、キリストの約束を持ち出したのではないだろうか?では、キリストの約束に代わる対案はないだろうか?

そして、それこそが、『幽霊はここにいる』と『方舟さくら丸』で取り上げられた問題と重なってくるように思う。前者では、戦争で取り残された二人が最後に残った一つの水筒をめぐる話がでてくる。また、後者は核戦争時代らしいテーマで、核シェルターで、生き残るべき人間は誰か?という問いが発せられている。

安部は、『方舟さくら丸』のあとがき"自作を語るー『方舟さくら丸』"(安部公房全集28巻所収)にて以下のように述べている。
 たとえば大海に浮かんでいる一人乗り用のいかだ、それに二人の人間がとりついて、どちらかが死ななければどちらかが生き延びることができないという状況、これは昔から解答不可能なジレンマの例としてよく引き合いに出される話です。

中略

われわれ作家としては、解答がないことを承知で問い続けるということだけが唯一の解答ではないか、そういう腹構えでなんとかとっ組んでみたわけです。


ゾシマ長老の憂いに対する解答を、安部はその作家人生を通して模索していたのではないかとさえ思われてくるのだ。
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2006年04月13日

[語る]安部公房はロシア文学に影響されたか?

ねこやしきさんのねこやしきさらのおうち:「箱男」感想から、トラックバックを頂いたので、その返事のトラックバックを送らせていただきます。

初めに断っておくと、私は文学に疎い人間ですので、安部公房以外の作家の作品をほとんど知りません。ですので、自分で語れる範囲で語ってみようと思います。

安部公房にはどうもK教授のご専門辺りの20世紀ロシアの文学作品や詩が影響を与えているのではないかという気が、かなりしている。あと、独白するということに関しては、なぜだかドストエフスキーの「地下室の手記Записки из подполья」が思い起こされて仕方なかった。何にしてもロシア文学を熟知しているのではないかという気がする。もしかしてロシア語もかなり堪能だったのかもしれない。


興味深い意見ですが、安部公房に影響を与えたものは、ロシア文学だけではなく、広く世界文学という括りになると思います。安部公房の文学は、彼自身で作り上げた独自の文学と言っていいほど、他の追随を許さないユニークなスタイルであり、特定の作家の影響を挙げるのは、かえって安部公房を語る上での足かせになると思います。

しかし、私自身が以前書いたRe:質問例)[Q]安部が影響を受けた作家というと、誰になりますか? - 安部公房を語ろうのように、ポーとドストイエフスキーだけは、別格と言った感があります。

「テヘランのドストイエフスキー」(安部公房全集28巻所収)には、戦時中に『カラマーゾフの兄弟』に熱中していた話があり、そこでは
新聞の一面いっぱいに、白抜きの大見出しがパール・ハーバー奇襲を告げていた。しかしぼくにとって切実なのは、『カラマーゾフの兄弟』の第二巻が、すでに誰かに借りられてしまっているのではないかという懸念だった。日米開戦のニュースのほうが、むしろ遠い世界の物語のように感じられていた。

とさえ書いています。

英語はしゃべれないと公房自身が言っているくらいなので、ロシア語が堪能であったという可能性はかなり低いと思います。
posted by w1allen at 23:03| Comment(1) | TrackBack(1) | 安部公房を読みこむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月12日

[語る]賽の河原というモチーフ


 安部の作品には、地獄や賽の河原という言葉が結構よく出てくる。賽の河原とは、
「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため・・・・・・」というやつだ。

『砂の女』では、主人公が女に対して、砂掻き作業を賽の河原に例え、その非生産性を非難した直後に、
「賽の河原って、あれ、しまいに何うなるんでしょうかねえ?」
「どうもなりゃしないさ・・・・・・どうにもならないから、地獄の罰なんじゃないか!」

というやりとりがある。
(新潮文庫初版 P179)

また、『方舟さくら丸』では、蜜柑口に行く途中で
 積み石が行く手をはばんでいた。切り出しというよりは、かち割った感じの、大小の砕石だ。なかには、賽の河原の塔みたいに積み上げられたものもある。

という描写がある。
(新潮文庫初版 P205)

そして、賽の河原というと、『カンガルーノート』を外すことはできない。
主人公が賽の河原にやってきて、小鬼と話す場面がある。

「この川の名前は?」
「三途の川」
「賽の河原ってわけか」


また、小鬼が、例の歌を歌う場面がある。

御詠歌ふうの節回しで、ハンド・マイクを通した小鬼の声が寒々とながれはじめた。

(中略)

ひとつつんでは ちちのため
ふたつつんでは ははのため
さんじゅうつんではふるさとの
きょうだいがみをえこうして

(安部公房全集29巻 P120-121)

「ははのため」以降にも歌が続いている。
このことに関連して、河合隼雄との対談で、安部は次のように語っている。
意外に知りませんね。前も後ろも、知っている人は意外にすくない。かなり苦労してしらべてもらったんです。まず坊さんにあたってみたけど、駄目だった。こんなものは仏典にはありませんと(笑)。さらに調べてもらったら、これはどうも御詠歌で・・・・・・。


(安部公房全集29巻 P220-221
境界を越えた世界ー小説『カンガルー・ノート』をめぐって
[対談者]安部公房・河合隼雄)
(また、この対談は、『こころの声を聴く』にも収められている。)

御詠歌とは、goo辞書によると
霊場の巡礼者や浄土宗信者の歌う、仏や霊場をたたえる歌。和歌や和讃に単調で物悲しい節をつけ鈴(れい)を振りながら歌う。巡礼歌。詠歌。

というもの。

賽の河原には、水子が親の罪を償うという矛盾を抱えつつ語り続けられるという、民間伝承独特の魅力があるように思う。
posted by w1allen at 08:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 安部公房を読みこむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月03日

明けましておめでとうございます

謹賀新年

昨年は、多数の方よりアクセス・書き込みしていただき、
心よりお礼申し上げます。
本年も解読工房のご愛顧の方よろしくお願いします。m(_ _)m
posted by w1allen at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 安部公房を読みこむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月02日

砂の女の舞台は酒田市近くの村

『砂の女』の舞台は山形県酒田市近くの村である。原型の短編『チチンデラヤパナ』の冒頭部分には、既に「S駅」という記述がある。
酒田に関する話は、全集16, 17巻の文章に散見される。ここでは、酒田にまつわる興味深い文章を二点取り上げる。
まず、16巻所収の”モチーフの発見”を読むと、『砂の女』のモチーフは、ある週刊誌のグラビア写真に載った山形県酒田市の近くの風景だと語っている。安部の琴線に触れるような、砂と共生しなければならない村の様子が生々しく描かれていたらしい。

また、17巻所収の"酒と車と・・・"では、以下のことが書かれている。
じつをいつと、この原稿を書いている現在、「砂の女」のシナリオ・ハンティングのために酒田に出掛けた、帰りの車中なのである。いきがかり上、酒田の酒について一言ふれておくのは当然の義務であろう。

義務と正当化しているところが面白い。また、シナリオ・ハンティングとは、ラジオドラマ版「砂の女」のためのものだと思われる。それに続いて、
出発前から、酒田というからには、よほどうまい酒にめぐり合えるにちがいないと、大いに期待に胸をふくらませていたものである。

と書かれている。行くと、確かに酒の数は多いが、地名について意外な話を耳にしている。
ところが、よくよく地元の人に聞いてみると、酒田というのは後年つけた当て字にすぎず、もとは砂潟と書いてサカタと読ませたものらしい。

最初私が目にしたとき、あまりに話として出来すぎているため、安部の作り話ではないかと思った。しかし、それを否定する根拠もないため、ひとまずは信じておくほかはない。
以上の二つの文章を含めて、16巻と17巻には、酒田や『砂の女』にまつわるエピソードが多数収録されているので、目を通されることをお薦めする。

[note]
2005/12/3修正 
「砂の女の舞台は酒田市」から「砂の女の舞台は酒田市近くの村」に変更
その他誤記の訂正
posted by w1allen at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 安部公房を読みこむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月12日

箱男の舞台は敦賀市

ご存知の通り、安部公房の小説は、抽象的で名前がつけられていないものが多く、都市・地名もその例外ではない。では、彼の創作が、自宅で自分の頭の中で完結していたのかというと、そうではなく、しかるべき取材旅行に行っていたようである。

『死に急ぐ鯨たち』の中に「子午線上の綱渡り」という対談が収められており、「スプーン曲げの少年」(遺作『飛ぶ男』の原型)の創作中であった安部は以下の言葉で対談を締めくくっている。
雪が融けたら、スプーンの生産地である北陸地方を旅行してまわりたい。実際には役に立たなくても、とりあえずスプーンの生産工程の調査から始めてみる、これが僕のやりかたなのです。

抽象的な世界の中に、時折出てくる具象のたくましさにしばしば驚くことがあったが、そのタネはこういった取材旅行の折に見つけられて、仕込まれていたのかと感心させられた覚えがある。全集などを読むと、『砂の女』『箱男』『密会』などでは、その取材過程の話が出てきて興味深い。
今回は、『箱男』の舞台が福井県敦賀市だということを挙げてみる。おやっと、思われる方も多いかと思う。都市と人間の匿名性の極限の果てが一つのテーマの小説に、敦賀市という比較的小規模な都市はあまり似つかわしくなく、むしろ東京のような浮浪者の密集地がふさわしいのではないか?しかし、敦賀市であることを裏付ける傍証は存在する。

まず、文庫『内なる辺境』の解説にて、ドナルド・キーンは、
『箱男』の主人公に名前がないが、日本人に違いないし、小説の場面は敦賀市であるらしい。

と述べている。
さらに、『箱男』には、彼の滞在している町を「T市」と表記している。特徴的なのは、以下の描写だ。
東京の盛り場ならいざ知らず、このT市の繁華街では、とても二人の箱男を受入れる余地はない。

以上の考察をもって、箱男の舞台は敦賀市であることの説明を終えたいと思う。ただ、何故敦賀市なのだという疑問は残る。私は、東京などの都市の極限ではなく、浮浪者を持ち始める段階の都市の形を見るために、あえて敦賀市を選んだのではないかと考えている。
posted by w1allen at 23:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 安部公房を読みこむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月21日

[砂の女]十年後の再読

 主人公は、都市から農村へやってきた。都市は、農村のように、それ自体が食料を生み出すことはないが、様々な人間・物質の流通を通して、自由な社会を構成している。「自由」、それはすばらしいことであるはずだ。その自由を得るために、人類は計り知れないほどの血を流してきたのだ。しかし、その自由が当たり前の都市の中で、教師という仕事をしていた彼は、果たして幸福であったろうか?確かな収入を得て、妻と家庭をもったはずの彼には、精神的になにか足りないものがあったのだ。それは何だろうか?いわゆるアイデンティティーだろうか?教師という仕事にも、妻との生活にも満足できないでいた。その彼が唯一持っていた野心が、新種の昆虫を探し当てて図鑑に自分の名を残すという夢だった。それが、彼のアイデンティティー探しだったのだろう。「過酷な環境が新種を作る」そう考えて、彼は砂丘にやってくる。しかし、ハンミョウ属の独特の行動が餌を誘う罠であるように、彼もまた知らぬうちに砂丘という罠にはまってしまう。
 彼は、村の老人の誘いに乗って、「砂の家」に監禁される。あまりに理不尽かつ不可解な扱いに腹を立てて、脱出を試みる。しかし、失敗を重ねるうちに、「砂の家」の生活も悪くないと考え、女と交わるまでに砂丘の生活に慣れていく。
 女の子宮外妊娠騒ぎの際に残された縄梯子によって、脱出は意外なほど簡単に達成される。そして、熱望していたわりにはさほどの感慨をもたらさない外の空気を吸った彼は、村からの脱出をせず、溜水装置について村人達に話さずにはいられないという、高ぶった気持ちを抑えられないでいる描写で、この作品は終末を迎える。その次には、失踪宣告に関する催告と審判が味気なく載せられているだけである。その間の数年間、彼はどうしていたのだろうか?唯一確実に言えることは、妻のいる家庭に戻ってはいかなかったということだけだ。
 私がこの作品を読んでから十年以上経つが、わからないことだらけだ。いや、謎はもっと深まったかもしれない。砂、水、空気、自由、拘束、希望、絶望・・・・・・、それらをもっと嘗めなければ、『砂の女』の味はわからないということかも知れない。
posted by w1allen at 19:21| Comment(0) | TrackBack(2) | 安部公房を読みこむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2000年03月11日

『第四間氷期』に対する感想

非常にショッキングな作品だ。予言機械が映し出す過酷なまでの未来、その未来を前提として、海底開発協会のメンバーは行動する。「現在」では罰せられるべき犯罪を犯してまで。しかし、勝見がそれらを糾弾すると、彼らは未来の論理を使ってそれらの行為を正当化していき、次第に勝見の方が言葉を失っていく。自分の子供を、水棲人という「片輪の奴隷」にされたにもかかわらず。この作品は、私のよく見る悪夢を想起させる。内容は忘れるのだが、冷や汗がたらたら出てくる悪夢だ。目の前で起こっていることに対して、何か叫ぼうとしても、声が出ない、届かない。出来事を眺めるしかできない無力の状態になってしまう。勝見も頼木達の論理に完璧に打ちのめされて、言葉が出ない。妻の胎児を中絶させられ、自分自身もこれから殺されるというのに、叫ぼうにも、それが声となって空気を震えさせることができないのだ。
 私は、未来にどうしても耐えられない。そこで、まず勝見と同じく、「予言機械」の正当性を考えてしまう。誤差のない予測(シミュレーション)なんて、ナンセンスだし、予言を知った場合の行動をn次予言値としてカバーしているかのように見えるが、2次予言にしたって、誰が・いつ・どこで・どのような状況で、1次予言を知ったかによって変わるべきで、それを刻々と計算していると、時間が足りないはずだ。しかも、作品中に出てくる二次予言値も相当妙な存在である。単なる予言で人格などない、と言いつつ、勝見を殺す段になって「私だってつらい」と感情を滲ませるのだ。また、勝見がいくら予言を鵜呑みにしては危険だと叫んでも、海底開発協会のメンバーは取り合おうとしない。その正しさは絶対的で、それからの論理だと、勝見は未来に対応できない人間として裁かれる運命にあるらしい。しかし、そのような未来を受け入れられないのは私も同じで、だからこそ「予言」の正当性を疑わざるを得ない。予言機械が語る未来の過酷さを思うと、なおさらに。
 しかし、「予言」を「預言」と読み替えると分かるような気がする。ちょうど、ノアが神から洪水の預言を聞いたように。勝見もまた、自ら作った予言機械から預言を授かったのだ。しかし、傲慢で残酷なノア(少なくとも安部にとっては)と違い、断絶に耐えられない勝見はその預言を信じることができなかった。故に、未来の論理によって裁かれ、代わりに弟子達・海底開発協会がノアにならざるを得なかったのだろう。海の主人となるべき水棲人類の父親となる、ノアに。勝見が責めを受けるとすれば、未来予測という神の領域に足を踏み入れたにもかかわらず、神の言葉を信じられなかったという一点に尽きる。しかしながら、そのことこそが、予言がタブーであることを暗示していると思う。
 さらに、物語の後半で、予言機械によって未来が映し出されていく。ただし、それが「実際」に起こることなのかどうかは、一切語られることはない。ただ映されるのみだが、その未来像はとてもリアルに迫ってくる。洪水、水棲人社会の到来、水棲人社会の日常、「風の音楽」にあこがれる水棲人、などの物語。それらに対して、私たちはもはや判断することはできない。ただ眺めるしかないのだ。でも、本当にこの「ブループリント」は正しいのだろうか?
 いや、もう予言だの水棲人社会だの言うのはよそう。たとえ、近い将来、水棲人を眺める望遠鏡のように水没していく運命にあっても、我々は「現在」を生きるしかないのだから。
posted by w1allen at 00:00| Comment(0) | 安部公房を読みこむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする