2015年11月23日

ノアの系譜

第8回KAP読書会資料

安部公房は、聖書上では清い人物とされるノアに対して憎しみさえ抱いていたのではなかろうか?安部の作品で、逆に不浄や賤しい人物として描かれ得ることが多い。「ノアの方舟」までは、ノアを笑い者にしていたが、後の「第四間氷期」や「方舟さくら丸」では、半ノア的、つもりノアの思想に抗う人物を登場させている。 ここでは、時系列に、ノアが出てくる作品を挙げて、彼の扱いを簡単にたどってみることにする。

旧約聖書のノアの物語
堕落し、乱れた時代に、神は洪水で人々を滅ぼそうとする。しかし、ノアだけに神はお告げをして、舟を作り、そこに家畜や食料を入れることを許す。洪水の後、ノアの家族は生き残ることができた。

ーーーさて、ノアは農夫となり、ぶどう畑を作った。あるとき、ノアはぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。カナンの父ハムは、自分の父の裸を見て、外にいた二人の兄弟に告げた。セムとヤフェトは着物を取って自分たちの肩に掛け、後ろ向きに歩いて行き、父の裸を覆った。二人は顔を背けたまま、父の裸を見なかった。ノアは酔いからさめると、末の息子がしたことを知り、こう言った。
「カナンは呪われよ
奴隷の奴隷となり、兄たちに仕えよ。」ーーー

ちなみに、ノアは、洪水の後350年生きた。ノアは950歳になって死んだ。

「S・カルマ氏の犯罪」 (1951)
主人公「彼」の涙が洪水となって押し寄せるシーンで登場する
ボロ舟、ミイラ、時代遅れの象徴

ーーー四角い舟、方舟、旗がひるがえっております。書いてあります……ええと、ノアの方舟!立ち上がりました。ミイラです。つまり、その方舟の上に立ち上がったんです。誰って、むろんノアのミイラです。ノアはユルバン氏に向かってしきりに手を振っております。ああ、いいえ、呼んでいるのではないのです。来るなと言っているのであります。この舟はボロ舟だし、乗客は決められているんだからと、手まねでそう言っているんです。けしからんノア奴!ーーー

「洪水」(1951)
題名からして、ノアの洪水物語を意識している
洪水に自分はノアだと訴え、しったする男

ーーーその中で、ただ一人、平然としてたのしんでいるものがあった。楽天的で狡猾なノアだった。ノアは前の大洪水の経験から、あわてもせずうろたえもせず、着々と方舟の制作にいそしんでいた。人類の未来が、自分の一家の手にゆだねられていることを思うと、むしろ宗教的な法悦にさえひたることができるのだった。ーーー

「ノアの方舟」 (1952)
本作品。
ノアをアル中とし、方舟を彼の夢想とし、笑い者にしようとしている。

「方舟思想」[エッセイ](1955)
黒澤明の「生きものの記録」に対する評。
選民思想。何故ノアが神に選ばれたか説明されていないことへの憤り。

ーーーところで以前、私もノアの伝説については短篇小説で書いたことがあった。前々からノアなる人物について、割りきれぬ疑問をもっていたためだ。あの伝説についてはどこかくさい(原文傍点)ところがあるという感じがしてならなかった。ーーー

「第四間氷期」(1958)
水棲人類(水中でも生きられるように、遺伝子改造された人類)という肉体そのものの方舟化
しかし、ある水棲人類が、風の音楽を求めて地上に出る場面があり、それは方舟思想への反逆とも言える

「死に急ぐ鯨たち」 [エッセイ ](1984)
「方舟さくら丸」の前後のエッセイ・インタビューなど
ーーー宗教的な言葉を一切使いたくないけど、これはある意味で人間の原罪を問う小説になるだろうな。方舟はむろんノアの方舟のもじりだよ。選ばれた物が生き延びて、その子孫を残すための、遺伝子プール保存作戦のための大シェルターさ。だから『方舟さくら丸』。ーーー

「方舟さくら丸」 (1984)
採掘場跡の核シェルターをめぐって、多くのノアたちの騒乱劇。
方舟=核シェルター
ノア役が、もぐら→猪突→菰野→ほうき隊副官と変転する
そこにさくらの二人が対照的(反ノア的)
<<代表棄民王国>>とは、選民思想そのもの(自分たちには生き残る資格ある)
posted by w1allen at 00:00| Comment(0) | 安部公房を読みこむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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