2019年12月26日

[砂の女]25年後の再読

安部公房の『砂の女』を読んでいる。

ある男性教師が新種の昆虫を探しに砂丘にやってくる。部落の老人に泊まっていけばいいと言われ、砂丘をくり抜いたように建てられた一軒の家に縄梯子で案内され、そこには一人の女性が住んでいた。男の長期滞在をほのめかす女性の言動に違和感を感じつつも、夕食を食べ寝る。しかし、翌日縄梯子はなく、地上に戻ることができなくなっていた。村人から、女性とともに砂を掻くように言われるが、主人公は断固拒否する。しかし、砂に足をとられ、地上へは行けない。いろんな方法を試すが、結局失敗の繰り返しというのが、極めてはしょったあらすじである。

20歳の頃に読んで、天と地が反転するくらいの衝撃を受けた。砂という具象を描きつつ、抽象的な思考に展開できる。一見逆説的と思えることを巧みに読ませる魔術的文体でもあった。

私は、空想世界や反常識的世界に子供の頃から惹かれていた。現実世界とは異なる成り立ちをしているような世界、例えばアニメで言えば『王立宇宙軍 オネアミスの翼』のような作品が好きだった。日本語でもない英語でもない言葉をしゃべるシーンや架空の世界観・価値観を作り込んだものが好きだった。しかし、どこかで、現実のありきたりな価値観、「夢を追求するが大事」といった保守的な結末に帰着されるのが不満だった。『王立宇宙軍』の結末は保守的ではあるが、冒頭からのはぐらかしを巧みに混ぜているように感じる。

『砂の女』はどうだろうか?SFやファンタジー小説ではなく、現実の小説だと思う。砂や昆虫に関する記述も自然科学的な精密さが有り、リアリティがある。一方で、村の恐ろしい閉鎖性、暴力性に最初は憤りながら、いつしか理解するようになり、脱出のことを忘れそうになると言った心理の変容の描写が秀逸だ。いつしか出発の方向とは真逆の方向になっていることを連続的になめらかに描いたというところが、私が受けた衝撃だった。そして、保守的な説教臭い価値観が全く出てこないことも素晴らしいと思う。砂に関しても、具象としての砂でありかついろんな形でのアレゴリー的解釈もできる。恐ろしく解釈の自由度の高い小説で、研究者でも解釈がかなり異なり、"安部公房『砂の女』作品論集"という本があるくらいだ。

さて、読書会開催のために、何度目になるか分からない再読をしている。25年末に買った文庫本もすっかり焼けてしまっているが、だからこそ宝物になっている。

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posted by アレン at 16:20| Comment(0) | 安部公房を読みこむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする