2006年05月14日

[軍艦島]軍艦島は、長崎市所有になっていた!

軍艦島(端島)が、三菱マテリアル所有ということは知っていたが、変化があったようだ。軍艦島 - Wikipediaによると、

三菱マテリアルが島を所有していたが、2002年、高島町に無償譲渡された。廃墟化のため危険な箇所もあり、課題は多いものの、観光面での活用についても検討が行われている。(例:長崎市が「軍艦島」の観光スポット化に予算措置) 建物は老朽化しており、将来的に保存していくならば、早い時点での補修が必要であり、論議が喚起されつつあるが、それほど世論が盛り上がらずその実現はかなり難しい現状にある。


2002年に高島町に無償譲渡されたそうだ。しかも、2005年1月4日に、高島町が長崎市に編入されたため、現在は長崎市所有のものとなっている。私有財産から公的財産に変わったということで、上陸の可能性は少し上がったのかも知れない。一度は観ておきたい数少ない場所だから、今後の展開を注視したい。
posted by w1allen at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍艦島・廃墟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月06日

[観る]安部スタジオが「あの人に会いたい」で映っていた

 4/30(日)に放送された「あの人に会いたい」ですが、トラックバックを送っていただいたmarmotbabyさんの記事のコメント
昨日放映されたのは、おそらく『訪問インタビュー』という番組で、NHKアナウンサーの斎藤季夫さんが案内役です。1980年代の終わり頃、その年頭に、4回か5回に分けて放映されたもので、箱根の山荘の居間、書斎、安部公房劇団の稽古場などを場にしていたと思います。安部公房全集の中に(巻号は忘れましたが、いずれにせよ、80年代のものに違いありません)、インタビューの逐語録が収められているはずですから、ぜひご覧になることをお勧めします。

にあるように、
あの番組は、NHKの「訪問インタビュー」から抜粋・編集されたものです。このインタビューは、安部公房全集28巻に"1985.1.14 方舟は発進せず 斉藤季夫[インタビュー]"として収められています。[作品ノート]によると、「訪問インタビュー」は、4夜にわたって放送されたそうです。ワープロ、シンセサイザー、メモのコルクボードなどが映し出されていた1−3夜の部分が箱根・芦ノ湖安部公房山荘で収録されたもので、4夜目分は、演劇関係の話だったため、渋谷・安部スタジオで収録されたものだそうです。
 「あの人に会いたい」の冒頭シーンで、安部がメビウスの輪や投影体の話をしていた場所が、実は安部スタジオだったのですね。1979年の「仔像は死んだ」上演を最後に、安部公房スタジオは活動休止しているので、「訪問インタビュー」収録時点に安部スタジオが残っていたことに驚きました。残念なことに、背景がぼやけていて、スタジオの様子はよくわかりませんでした。「訪問インタビュー」では、恐らく、もっと詳しいスタジオの映像もあったはずなので、marmotbabyさん同様、本編そのものを再放送していただきたい気持ちでいっぱいです。
posted by w1allen at 00:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 安部公房を観る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月02日

[読む]安部公房と『カラマーゾフの兄弟』




少し前に、『カラマーゾフの兄弟』を取り上げたが、そのことでふと思い出したことがある。実は、私が読んだことのある唯一のロシア文学なのだ。新潮文庫で三冊という厚さ以上に重厚な物語だが、最後まで読みきれたのは、この作品の凄さにほかならない。僧侶として生きることを選択した主人公である三男アリョーシャ、頭脳明晰な故に世界を憂う次男イワン、剛直な長男ドミートリイ、そしてこの三兄弟の父にして、色を好む富豪フョードル。個性の強いカラマーゾフ家の人々たちの愛憎、ロシアの封建体制、キリスト教、無神論、社会主義・・・・・・、とんでもなくスケールの大きな物語である。

当時のロシアの身分制が揺らぎ、新しい公平な秩序を模索する風潮についてアリョーシャが尊敬してやまないゾシマ長老が、以下のように語る場面がある。
公平な秩序を打ちたてようと考えてはいるのだが、キリストを斥けた以上、結局は世界に地の雨を降らせるほかあるまい。なぜなら血は血をよび、抜き放った剣は剣によって滅ぼされるからだ。だから、もしキリストの約束がなかったなら、この地上で最後の二人になるまで人間は互いに殺し合いをつづけるに違いない。それに、この最後の二人にしてもおのれの傲慢さから互いに相手をなだめることができず、最後の一人が相手を殺し、やがては自分も滅びることだろう。おとなしく謙虚な者のために、こんなことはやがて終るだろうというキリストの約束がなかったら、きっとこうなっていたに違いない。


妙に印象に残っている場面だ。恐らく「地上で最後の二人」という言葉が、私の感性を揺さぶらずにはいられないのだろう。ゾシマ長老は、キリストの約束がこの問題を解決すると信じたが、キリスト教徒でないものたちには物足りない解答である。いや、長老は、争うことをやめることができない人類を憂い、その最後の砦として、キリストの約束を持ち出したのではないだろうか?では、キリストの約束に代わる対案はないだろうか?

そして、それこそが、『幽霊はここにいる』と『方舟さくら丸』で取り上げられた問題と重なってくるように思う。前者では、戦争で取り残された二人が最後に残った一つの水筒をめぐる話がでてくる。また、後者は核戦争時代らしいテーマで、核シェルターで、生き残るべき人間は誰か?という問いが発せられている。

安部は、『方舟さくら丸』のあとがき"自作を語るー『方舟さくら丸』"(安部公房全集28巻所収)にて以下のように述べている。
 たとえば大海に浮かんでいる一人乗り用のいかだ、それに二人の人間がとりついて、どちらかが死ななければどちらかが生き延びることができないという状況、これは昔から解答不可能なジレンマの例としてよく引き合いに出される話です。

中略

われわれ作家としては、解答がないことを承知で問い続けるということだけが唯一の解答ではないか、そういう腹構えでなんとかとっ組んでみたわけです。


ゾシマ長老の憂いに対する解答を、安部はその作家人生を通して模索していたのではないかとさえ思われてくるのだ。
posted by w1allen at 23:46| Comment(0) | TrackBack(1) | 安部公房を読みこむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[観る]「砂の女」上映

これも、安部MLからの情報です。

初台の東京オペラシティでやっている「武満徹 Visions in Time」展で、『砂の女』が3日15時から上映されます。

詳しくは下のページで。

http://www.operacity.jp/ag/topics/060316.php

アートギャラリーで武満と安部公房が一緒に映っている写真も展示されている
らしいです。
posted by w1allen at 20:43| Comment(0) | TrackBack(4) | 安部公房を観る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする