2005年10月12日

箱男の舞台は敦賀市

ご存知の通り、安部公房の小説は、抽象的で名前がつけられていないものが多く、都市・地名もその例外ではない。では、彼の創作が、自宅で自分の頭の中で完結していたのかというと、そうではなく、しかるべき取材旅行に行っていたようである。

『死に急ぐ鯨たち』の中に「子午線上の綱渡り」という対談が収められており、「スプーン曲げの少年」(遺作『飛ぶ男』の原型)の創作中であった安部は以下の言葉で対談を締めくくっている。
雪が融けたら、スプーンの生産地である北陸地方を旅行してまわりたい。実際には役に立たなくても、とりあえずスプーンの生産工程の調査から始めてみる、これが僕のやりかたなのです。

抽象的な世界の中に、時折出てくる具象のたくましさにしばしば驚くことがあったが、そのタネはこういった取材旅行の折に見つけられて、仕込まれていたのかと感心させられた覚えがある。全集などを読むと、『砂の女』『箱男』『密会』などでは、その取材過程の話が出てきて興味深い。
今回は、『箱男』の舞台が福井県敦賀市だということを挙げてみる。おやっと、思われる方も多いかと思う。都市と人間の匿名性の極限の果てが一つのテーマの小説に、敦賀市という比較的小規模な都市はあまり似つかわしくなく、むしろ東京のような浮浪者の密集地がふさわしいのではないか?しかし、敦賀市であることを裏付ける傍証は存在する。

まず、文庫『内なる辺境』の解説にて、ドナルド・キーンは、
『箱男』の主人公に名前がないが、日本人に違いないし、小説の場面は敦賀市であるらしい。

と述べている。
さらに、『箱男』には、彼の滞在している町を「T市」と表記している。特徴的なのは、以下の描写だ。
東京の盛り場ならいざ知らず、このT市の繁華街では、とても二人の箱男を受入れる余地はない。

以上の考察をもって、箱男の舞台は敦賀市であることの説明を終えたいと思う。ただ、何故敦賀市なのだという疑問は残る。私は、東京などの都市の極限ではなく、浮浪者を持ち始める段階の都市の形を見るために、あえて敦賀市を選んだのではないかと考えている。
posted by w1allen at 23:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 安部公房を読みこむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする