2005年08月21日

[砂の女]十年後の再読

 主人公は、都市から農村へやってきた。都市は、農村のように、それ自体が食料を生み出すことはないが、様々な人間・物質の流通を通して、自由な社会を構成している。「自由」、それはすばらしいことであるはずだ。その自由を得るために、人類は計り知れないほどの血を流してきたのだ。しかし、その自由が当たり前の都市の中で、教師という仕事をしていた彼は、果たして幸福であったろうか?確かな収入を得て、妻と家庭をもったはずの彼には、精神的になにか足りないものがあったのだ。それは何だろうか?いわゆるアイデンティティーだろうか?教師という仕事にも、妻との生活にも満足できないでいた。その彼が唯一持っていた野心が、新種の昆虫を探し当てて図鑑に自分の名を残すという夢だった。それが、彼のアイデンティティー探しだったのだろう。「過酷な環境が新種を作る」そう考えて、彼は砂丘にやってくる。しかし、ハンミョウ属の独特の行動が餌を誘う罠であるように、彼もまた知らぬうちに砂丘という罠にはまってしまう。
 彼は、村の老人の誘いに乗って、「砂の家」に監禁される。あまりに理不尽かつ不可解な扱いに腹を立てて、脱出を試みる。しかし、失敗を重ねるうちに、「砂の家」の生活も悪くないと考え、女と交わるまでに砂丘の生活に慣れていく。
 女の子宮外妊娠騒ぎの際に残された縄梯子によって、脱出は意外なほど簡単に達成される。そして、熱望していたわりにはさほどの感慨をもたらさない外の空気を吸った彼は、村からの脱出をせず、溜水装置について村人達に話さずにはいられないという、高ぶった気持ちを抑えられないでいる描写で、この作品は終末を迎える。その次には、失踪宣告に関する催告と審判が味気なく載せられているだけである。その間の数年間、彼はどうしていたのだろうか?唯一確実に言えることは、妻のいる家庭に戻ってはいかなかったということだけだ。
 私がこの作品を読んでから十年以上経つが、わからないことだらけだ。いや、謎はもっと深まったかもしれない。砂、水、空気、自由、拘束、希望、絶望・・・・・・、それらをもっと嘗めなければ、『砂の女』の味はわからないということかも知れない。
posted by w1allen at 19:21| Comment(0) | TrackBack(2) | 安部公房を読みこむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする